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自己犠牲になってしまう心理を解説してみます。

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自分がやれば、ここは丸く収まる。自分が意見を言わなければ物事はスムーズに進む…こうした気持ちで、本当は意見をした方が良いことやみんなで考えたことが良いことについて、自分だけで処理しようとする…

自分が我慢すればということの多くは、実は物事を良い方向に導くことが少ないもの。自分では物事を大仰にしないための犠牲が結果的に物事を悪くしていたら辛いですよね。

そんな自己犠牲損にならないためにもそもそも自己犠牲という精神がどうして起こっているのか考えてみましょう。

本当は傷つきたくないという気持ちが強い


自己犠牲の最たる気持ちは、冒頭でも述べたような「自分が我慢すれば」というものではないでしょうか。

嫌な事を頼まれても、嫌な役回りがきても「自分さえ我慢すれば」その場は丸く収まるかもしれません。

しかし、集団として考えればそれは間違いです。誰かの自己犠牲で成り立つ集団は、結局いつも誰かが負担を大きく担っているわけですよね。

それは健全な集団ではありません。その場はあなたの自己犠牲でスムーズに事が運んだかもしれませんが、あなたがいなくなったら、その負担はまた、嫌と言えない誰かに引き継がれてしまうわけですから。

ではなぜ、その場で「自分さえ…」と思ってNOと言えなかったのでしょうか。

それは根本的には「嫌われたくない」という気持ちが心にあったからです。

もしそこでNOと言えば嫌われるかもしれない。そんな心理が無意識に働いて、つい自己犠牲精神が出てきてしまったのです。

または、そこでNOということでその後に起こるちょっと面倒くさいことを回避したいがために、安易に物事を請け負ってしまったのかもしれません。
つまるところ、自己犠牲の根っこには、実は「嫌な思いをしたくない自分のため」という心理があるわけです。

自己犠牲でしんどくならないためには


先の項で述べましたが、自己犠牲の精神の根っこには「自分が嫌な思いをしないため」というものがあるのです。ですから、自分が我慢し続けていることなどで「どうして私ばっかり…!」と思うことがあれば、自己犠牲で
何かを請け負ってしまった時のことを思い返して「あの場でNOと言っていたら」と考えてみてください。

もしNOと言った結果の方がメンドクサソウだったら、あなたは自分のためにあの場で自己犠牲精神を使ったのです。

でも、もし、自己犠牲をしなかった方が良かった場合が思い浮かんだなら次の機会では必ずあなたは「自分のために」物事をNOと言うように努力しましょう。



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